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黒豆海苔巻

主に北海道で散歩してるブログ

2010年 父島の旅

観光

 「来週、小笠原行ってくる」と友人からの連絡。彼とは学生の頃に2人で父島を旅行しており、いつか再訪しようと互いに言い合ったものだ。メール画面から目を離し、地下鉄の中で2010年の数日間を思い出そうとするが、なんだかぼんやりした部分が多い。あの日の午後は何したんだっけ。どうやって移動したんだろう。昼は何を食べたっけ。

 帰宅して古いHDDから写真を引っ張り出すと、ちょっとずつ記憶が補完されていく。劇的なことがなかったとはいえ、あんなに楽しいと思っていたことも、いろんな材料を揃えなくては鮮明には思い出せないことに軽くショックを受けた。その場で感じたことはいずれはかき消えてしまい、ただその場に行ったことがあるという事実だけ残るのだろうか。

 日記をつける習慣も持続しないし、こうして思い出した時々に書き出してみるのもいいかもしれない。それに、真冬日の続くこの地で、南の島の情景を思う魅力はあまりに大きい。などと言いながら、沢木耕太郎深夜特急』を読んでいた影響が一番でかいのだろうけど…。

 

1日目

 小笠原までの道のりは長い。何しろ浜松町のターミナルから出航する「おがさわら丸」で25時間の航海である。僕の場合、この旅の始まりは函館のフェリーターミナルであった。津軽海峡を船で渡り、青森駅から東京までの夜行バスで移動、浜松町に着くまでにすでに15時間以上を要している。懐具合からの策だったが、往路は楽しみが勝り苦ではなかった。フェリーターミナルから青森駅までタクシーにタダで相乗りさせてくれたおばさんのことはなぜかよく覚えていて、現金なやつだと自分でも思う。

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 ワンゲル時代に使ったという超大容量のザックを背負った友人とは、浜松町駅で落ち合った。乗船手続きもつつがなく、船は10時に出航。レインボーブリッジをくぐり南へと向かう。快晴で良かった。

 この時は「おがまるパック」を使っており、2等客室で雑魚寝しての移動だ。往復の船代、父島での3泊の宿泊費を含めて6万円程度であった。船内にいても寝るだけなので、甲板に出てクジラや鳥を探して夕方まで過ごす。友人はあまり寝ていないとのことで、乗船のうち20時間は睡眠に充てていたのではないだろうか。

 めぼしいものを見ることもなく甲板を閉め出され船内に戻る。高いなーと言いながら船内のレストランで夕食をとり、無料のシャワーを浴びて消灯とともに就寝。

 

2日目

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 翌朝、友人と甲板に出ると小笠原諸島が見えて一気にテンションが上がる。島に近づくにつれてカツオドリやクジラのブローが目につくようになり、ついに来たんだとふつふつと実感。互いに島を背景に無意味な写真を撮りあいメモリ容量を消費する。

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 海が過剰に青い。僕にとっては初めての南国、島旅だったので、この青さは衝撃だった。あっという間に開放的な心境にさせる力があると思う。

  到着したフェリーターミナルには島内のあらゆる宿泊施設からの出迎えが来ており、下船した乗客は各々の宿泊先の元に向かう。僕たちはターミナルのある中心地・大村地区から少し離れた奥村地区の民宿「たつみ」に泊まる。出迎えには宿のおばあちゃんが来ており、おじいちゃんの運転する車でまずは宿へ。

 民宿は非常に家庭的で、和室が6部屋、いろいろ共用。僕らには6畳ほどの部屋があてがわれた。この日の到着船できた客は僕らだけのようだった。おじいちゃんが自転車を貸してくれたので、荷物を置いて大村地区に昼食に戻る。

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 父島最初の食事は、活気あふれる「波食波食(ばくばく)」で。湾波食丼(わんぱくどん)を食べた。豆腐と鶏肉で高タンパク低カロリーのお手本のようだが、美味しかった。

 さて、この日は特に予定を決めていない。大村地区を中心に、海沿いをぶらぶらすることにした。

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 僕らが父島に来たのは3月の中旬だったが、日差しは強く暑かった。それでもべたつくような暑さではなく、からりとしている。海辺の潮風は心地よく、打ち寄せられたサンゴを観察しながらぶらつく。海も砂浜も本当に綺麗だ。

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 同じ浜でも、島の北側の宮之浜に行くと少し様相がちがった。岩場に針葉樹林、浜にも石が多くやや荒涼としている。岩場には幾つも洞窟があり、戦時中に活用されたのではないかと思わせた。洞窟はどれも奥まで見通せるほど浅いのだけど、2人とも中に入ることは躊躇する。空はだんだんと曇ってきた。

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 父島で一番多く見かけたのはイソヒヨドリだ。とにかくどこにでもおり、かなり近づいても逃げないものだから、友人と2人で呆れるほどだった。僕はこの旅行に借り物のニコンの一眼レフと望遠レンズを持ってきていて、いくらか生き物を撮っている。しかし使い方をまともに分かっておらず、すべてオートモードで、ただ物を大きく写すだけに終始した。オガサワラノスリが頭上をホバリングしていたが残念な写真になる。

 ところで一緒に行った友人はこの後、鳥類の研究をテーマとしたが、この時は僕も彼も種判別はほとんどできなかった。しかし彼は生き物を発見する能力が非常に長けており、道中いろいろなものを見つけるのだが、なんなのだろうとお互いに顔を見合わせた。

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 日が傾き始めた頃、三日月山ウェザーステーションに登る途中で村を一望できた。父島は南北7kmほどであり、人が住む部分だってこれくらいで一望できてしまう。

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 冬休みの3月に小笠原に来た理由は一つ、ザトウクジラを見るためである。冬の小笠原はザトウクジラの子育ての場となっており、狭い海域に高密度で滞在するのである。

 三日月山からもその姿を見ることができるというので来てみたが、あっさりと発見。山頂では、ザトウクジラを研究対象にしているのか、双眼鏡で覗きながら記録を取る一団がいた。そこでもあそこでもブローやジャンプが繰り広げられ、それに合わせてウォッチング船が右往左往している様は面白い。体の小さな子供のような個体も見られた。

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 ゆったりと身を任せられる「島時間」というのは確かにある、というのが早くも分かった気がした。でもそれは、すべきことから解放されている旅行者のみに与えられるものだろうか。

 宿へと戻る途中、商店でビールを買って帰る。なぜかタイのビールも品揃えされている。父島の気候にそのあっさりとした味はよく合っていた。

 

3日目

 この日は今回の旅行の中で唯一予約を入れていたツアーに参加した。丸1日をかけ、小さな船でクジラ・イルカを観察し、南島に上陸、さらにシュノーケリングをするというものだ。考えられるものをすべて詰め込んだようなツアーである。

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 幸いなことに快晴だ。海の色はどんどん現実離れしていく。

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 昨日から分かっていたことではあるが、ザトウクジラにはいとも簡単に遭遇した。鼻息の響きが体を震わすほどに近づくこともあった。船はちょっと停まって観察しては、別の個体の方へと移動する。あちこちでジャンプをしたり胸ビレで水面をたたいたり、尾を高く上げて潜水したりするので、船は何度も寄り道を余儀なくされる。

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 子供の頃に知ったザトウクジラの行動のほとんどを観察することができた。あとはバブルネットフィーディングくらいだがあれは北の海でしか見れないだろう。

 イルカはハシナガイルカとミナミハンドウイルカがいる。どちらも見たくて、船長と競うように探したが、結局ハシナガイルカを見ることは叶わなかった。この船ではドルフィンスイムもでき、何名かがここぞという時に海に入っていったが、すぐに見失ってしまっていた。

 船内で弁当を食べたあと、蛇行運転を続けた船はようやく南島に向かい始める。当初は島に接岸する予定だったが、波が少し高いということで泳いで上陸することとなった。アーチ状の岩を泳いでくぐるのは接岸するより楽しいが、防水仕様でないカメラは持っていけないのは残念だ。南島は没水カルスト地形として天然記念物指定されているとともに、『紅の豚』のポルコの基地のモデルとも言われる。素敵な隠れ家といった雰囲気が強く、ポルコがパラソルを広げた気持ちもよく分かる。その後、父島の東側に周り、鮮やかな魚をシュノーケリングで観察した。

 港へと向かう途中、狭い水路に1頭のザトウクジラが現れる。夕日を背景にその噴気が黄金色に輝いた時、なんとも言えない安心感に満たされた。本当に来て良かった。

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 宿のごはんは総じて美味しい。たくさん食べるとおばあちゃんが喜ぶので、うっかり米を食べ過ぎてしまう。この日のシマアジのフライは絶品で、現時点で人生最高のタルタルソースはこれである。

 この日、食堂で初めて他の宿泊客と顔を合わせた。研究で長期滞在する大学の先生方であった。皆真っ黒に日焼けしている。

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 腹ごなしに散歩をした。星が見えるのではないかと、裏の峠道を登り標高を稼いでいく。

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 いくつものトンネルを超え登っていくと、街灯もなく真っ暗になる。友人の持つヘッドライトだけを頼りに、外来種のグリーンアノールを探したりした。眼下の町の明かりも弱々しく、辺りは闇なのだが、森が深いのか星はよく見えない。そろそろ折り返そうかという時に、森の方から「アエエエエ…」と赤ん坊の泣くような声がした。途切れ途切れにその声は何度も繰り返されるが、人家が近くにあるとは思えない。僕らは無言のまま早足で道を下り、部屋で勢いよくビールを空けた。

 

4日目

 この日は島を一周することにした。パンと飲み物を買い、スクーターをレンタルして出発。それほどの長距離でもないし、車を借りるよりもスクーターの方が安価で小回りも効く。問題は2人とも教習所でほんのすこししかスクーターに乗っていないことで、おっかなびっくり、のろのろと進んだ。

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 植生が南国感をアピールしている。緩やかな山道で風を受けながら走るのは気持ちが良い。

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 途中海を眺めたり、NASDAの観測設備を見たりしながら進む。アカガシラカラスバトとの偶然の出会いを道端で果たせないかと期待もしていたが、そうはうまくはいかなかった。 

  意外にスムーズに進んでしまったため、ジョンビーチへ行ってみることにした。ジョンビーチへ至るには一山超えなくてはならない。ここに来ての軽登山である。

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 2人とも持ち前の体力に任せてずんずん歩みを進めた。途中の中山峠は景色が良いし、見慣れない植物ばかりで飽きることはない。北海道の中山峠との違いを挙げながら歩く。

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 途中、ブタ海岸で休憩し昼食。浅瀬でサメがたむろしていた。ここからもう一度登って下ればジョンビーチである。

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 不意に昨夜と同じ赤ん坊の声。「アエエエエ…」子ヤギだった。昨日のあれもヤギだったのかよ…と気が抜けた。小笠原ではヤギが野生化し、在来の植生を荒らして問題になっている。よくよく向かいの山肌を見ると、5、6頭いる。

 そして、出発から2時間弱。ついにジョンビーチに到着。

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 この日幸運だったのは、雲で日差しが隠れており、汗もほとんどかかずにここまで歩いてくることができた。一方で不幸だったのは、ジョンビーチも曇天でなんとも言えない景色であったことだ。海の水は冷たかった。誰もいない海岸でカニとひたすら戯れ、同じ道を戻る。

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 帰り際、小笠原海洋センターに寄った。ここでは子ウミガメを育て、放流する事業を行っている。100円でキャベツを買って、ウミガメに餌としてあげることもできる。

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 「餌をよこせ!」と大騒ぎである。安寧とした環境に満足しない姿勢に心を打たれる。小樽水族館のアザラシも同じことをすることを思い出した。ところで、この旅行での心残りの一つはウミガメ料理を食べなかったことだ。

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 宿での最後の晩ごはんは島寿司だ。べっこう寿司とも言われ、甘みの強いシャリが疲れた体に染みた。わさびは使わない。宿のおばあちゃんから刻んだ唐辛子を渡される。「小笠原ではこれを醤油に浸して、寿司につけて食べるんだ。うちで作った唐辛子、小さいんだけどすごく辛いんだ。」本当に辛かった。おっかなびっくり食べているのが面白かったのか、お土産にと唐辛子を何本かいただいた。その上、島寿司ももう一皿いただいて、またもや満腹。この島寿司は忘れられない味の一つになった。

 食べていると、おばあちゃんが島レモンの話を聞する。特産品の一つになっている島レモンだが、その最初の苗を持ち込んだのはこの私だと、さらりというのでびっくりした。実はすごい人だったのである。

 

5日目

 小笠原滞在最終日。この日の14時に帰りの船に乗る。

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 宿の隣に、つながれた飼い猫がいた。撫でていると、何やら目がかゆい。目の周りがどんどん腫れて、涙が止まらない。まさか僕は猫アレルギーだったのだろうか。

 腫れた目のまま、友人とおばあちゃんと、並んで写真を撮った。おじいちゃんは出かけていて不在だったのが残念だ。おばあちゃん、ありがとう。お陰で心安らぐ旅行になったよ。

 この日は出航まで、お土産を見て回った。何を買っただろうか、思い出せない。

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 帰りも25時間の船旅だ。島の人がたくさん見送りに来てくれている。和太鼓の演奏まで会った。民宿たつみの2人も旗を振ってくれた。僕らとはあらぬ方向だったけど…。

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 見送りの船が追ってくる。これは観光客向けのものだけではない。時期的に、進学などで島を出て行く人がいるのだ。2つの船からは、高校生が声を張り上げたり、飛び込みを披露した。爽やかな壮行だ。見ているこちらも、人とのつながりを求める心が大きくなる。この島には、つながりをゆっくりと醸造できる空間があったように感じる。

 綺麗な部分を見るにとどまる短い滞在は、思い出を美化しているのかもしれない。だから、それでもなお、またあの安心できる開放感に浸りに行きたいと、僕と友人は言い合うのだろう。友人は先んじて父島を再訪するが、今度は母島にという約束は残っている。僕ももう一度いかなくてはならない。まだメグロもオオコウモリも見ていないし、何よりあの写真をおばあちゃんに渡していないのだから。